キミの掌
この世にはへそまがり、天邪鬼、といった部類のいわゆるコマッタちゃんが存在します。
右といえば左。上といえば下。ああ言えばこう。こう言えばああ。
せっかくお友達が一緒に遊ぼう、と言ってくれてるのに遊ばない。
手を繋ごうといっているのに繋がない。
まだまだ小さい子供のくせに、いっちょ前に「おれはひとりでいいんだ」とか、言ったりしてる。
そう。『分からず屋』のコマッタちゃんがね。
「せんせー!ミツルくんがまた、てをつながないっていってるよぅ」
とある幼稚園で。
一人の女の子が半べそをかきながら、先生の元に駆け寄ります。
「また、ミツルくんなの?」
先生はまたか、という顔をして大きなため息をつきます。
そして一人教室に残り、席にかけたままそっぽを向いている男の子の方に行きました。
彼がそのコマッタちゃん、ミツルくんです。
「ミツルくん!みんなでどこかに移動する時は必ずお隣の席のお友達と手を繋ぐのよって、いつも言ってるでしょう?これからホール遊びをするのに行きたくないの?」
「手なんかつながなくたって、おれはいけます」
幼稚園児とは思えないふてぶてしさで、ミツルくんは言いました。
自分も5歳の子供くせにその全身からは、そんなガキと手なんかつなげるかよ!光線を大発散です。
なんて生意気なお子様でしょうか。
先生は毎度毎度のこのやり取りに、もう諦めにも似た思いを抱き、仕方なく好きにさせることにしていました。
ミツルは結局ホールに行っても、他の子供たちが鬼ごっこをしたり、縄跳びをしたり、ボール遊びをしたりしてる中には一切加わろうとせず、一人で絵本を読んだりしてるのでした。
まわりのみんなももう、ミツルのそう言う態度になれてしまった為、声をかける子もいません。
ところが今日、絵本を読んで俯いていたミツルの横から誰かがふいに声をかけて来ました。
「どうしてみんなと遊ばないの?」
ミツルが振り向くとそこにはやたら目が大きくて、真っ黒な髪の毛がフワフワとした男の子が不思議そうに首を傾けてミツルをジッと見ていました。
はじめてみるその顔にミツルは目をパチクリとさせます。
「誰だおまえ?」
「あのね。よつば組のみたにわたる。んとね。きょうからこの幼稚園にきたのー!」
ワタル、とこたえた男の子はニッコリ笑うとそう言いました。
どうやら転園して来たらしく、まだミツルのことをわかっていないようでした。
ミツルはめんどくさそうにワタルに言いました。
「おれはいつもひとりなんだ」
「どうして?おともだちは?」
「おともだちなんていないんだよ」
「どうして?さみしくないの?」
「しつもんのおおいやつだなぁ。・・・さみしくなんかない。いいから、あっちいけよ!」
ワタルはキョトンとした顔をしながらも、それでもミツルの横にちょこんと腰掛け、動こうとしませんでした。ミツルが顔をしかめます。
「・・・なんで、どっか行かないんだよ?」
「そばにいちゃだめなの?しずかにしてるよ」
大きな瞳で真っ直ぐジッと見つめられて、ミツルはなぜだかドキドキしてきました。
あわてて顔を逸らすとポツリと言いました。
「べつにいい、けど・・・へんなやつ」
ワタルはそれを聞くとエヘへ、と嬉しそうに笑いました。
「さあ、みんな!教室に戻る時間ですよー!」
先生の掛け声で子供たちはいっせいに近くのお友達と手を繋ぐと、パタパタと教室に戻っていきます。
ミツルも教室に戻ろうと立ち上がりました。すると・・・
キュッ・・!
何時の間にかワタルがその小さな手で、ミツルの手をしっかり掴んで握り締めていました。
そして繋いだまま、ニコニコと嬉しそうに歩き出します。ミツルは戸惑いながら声をかけます。
「おい・・・」
「おともだちとはてをつなぐんだよ!」
ワタルはハッキリとそう言うと、また握る手にギュッと力を込めました。さっき会ったばっかりで、おれとお前がいつともだちになったんだよ?とミツルは思いましたが、ワタルの本当に嬉しそうな顔を見ると何も言えなくなりました。
そして知らないうちに何時の間にかミツルも、そのワタルの小さな手を握り返していたのです。
「ね。あしたもそばにいてもいい?」
そうきいて来るワタルに、ミツルは今度は胸の奥がポカポカしてくるのを感じました。
コイツならそばにいてもいいや・・・コイツとなら手をつないでもいいや。そう思いました。
だからすこしだけ笑ってコクンと頷いていいました。
「おまえならいいよ」
先生方は嬉しそうに微笑んでいるミツルくんを見て、みんなビックリしていました。
へそまがりのミツルくん。天邪鬼のミツルくん。コマッタちゃんのミツルくん。
彼が手を繋ぐのはよつば組のみたにわたるくんだけです。
おしまい