キミが傍にいるだけで
「また難しい本よんでるの?」
頭に大きなリボンをつけて、フワリフワリと風にスカートをたなびかせてワタルは黒猫のミツルに声をかけました。
辺り一面の緑と白色が織り成す広大なクローバー畑に座って本を読んでいたミツルは、顔を上げるとジッとワタルを見ました。
「他のネコは皆で一緒に遊んだり、日向ぼっこしたりしてるのに相変わらずミツルは変わってるね?」
「日向ぼっこも兼ねてる。ここだって最高に日当たりはいい」
ワタルはパチクリと目を大きくさせると、ミツルの横に自分も座りました。
まったく───このミツルという黒猫は相当の変わり者でした。
ミツルはワタルのお母さんがワタルがいずれ、魔女の修行で家を出るときに使い魔として傍にいられるようにと連れてきたネコです。もともとは黒猫ですが、ワタルの傍にいやすいようにと耳とシッポ以外は普段は少年の姿をしています。それも憎らしいくらいの美少年の。
そして使い魔というくらいですから、ミツルは実を言うと立派な魔族のネコで──お父さんが普通の人間で半分しか魔女の血が流れていないワタルより──見た目は只の少年の姿をしていても、実はもう何百年も昔から生きていたりするかなりのつわものの使い魔だったりするのでした。。
そんなミツルは、ワタルが生まれたその日にワタルの傍に連れて来られました。
まだ小さな小さな目も開かないような、赤ん坊だったワタルがこの世界に生まれたばかりのその日からミツルはワタルのすぐ傍らにいるのです。
いままでずっと。これからもずっと。そう。片時も離れずに。
ピカピカのお日様が心地いい日差しを投げかけ、優しい風が吹く中、ワタルは鼻歌を歌いながらクローバーで冠を編み始めました。
ミツルはそれを横目にしながら再び本に目を向けます。ワタルはチラリとその本を覗き込みます。
ミツルの読んでる本はいつもとても分厚くて、書かれている中身は難しそうな良くわからない魔法文字ばかりでワタルにはちんぷんかんぷんです。
「良くそんな本ばっかり読めるよね?」
「魔法を使うもの達にとっては、当たり前の基本的な本ばかりだぞ?お前、13歳になったら魔女として独立しなきゃならないのにそんなんでどうするんだ」
「ボクはとりあえず空を飛べれればそれでイイもん。それに13歳なんてまだ先の話しだし」
そう言うワタルは今11歳。
まだ先の話どころか、魔女として独立して家を出なければいけない日までもう後少ししかないのでした。のん気なワタルの言葉にミツルは大きくため息をつくと本を閉じます。
ふわり。
大きな黒いとがった耳を上手に避けながら、それはミツルの頭にちょこんと飾られました。
そしてワタルはミツルを真っ直ぐ見つめると、今出ているお日様より眩しい笑顔を浮かべて言いました。
「それにボクが行く時はミツルも一緒に来てくれるんでしょ?ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
自分の頭に載せられた決して上手に編めているとはいえない、緑色に光るそのクローバの冠に手をやりながらミツルはあきれたような顔をしながらも、小さく微笑みました。そしてその冠の中にひとつだけそっと編みこまれていた四つの葉のクローバに気づくとそれを抜きます。
「あーっ!せっかく・・・」
それを見たワタルが頬を膨らませるのを笑って見ながら、ミツルはその四つ葉ですばやくわっかを作りました。
そしてワタルの左手を取ると薬指にその四つ葉のクローバで作った指輪をそっとはめます。
ワタルは意味がわからないのかキョトンとした顔をしました。ミツルはワタルの左手を恭しく掲げると
その手に暖かな唇を寄せて誓うように言いました。
「そうだ。ずっと傍にいる。お前がいつかこの世界からいなくなるその日まで俺はずっとそばに居る。ずっと一緒だ」
いきなり手にキスされて、頬を赤くして驚いていたワタルはそのミツルの言葉を聞いて、それでもニッコリ微笑むと本当に嬉しそうに言いました。
「うん!約束だよ」
「約束だ」
ワタルの指に飾られた四つ葉のクローバーが、空から優しく吹いて来る風にそよりと揺れました。
君が生まれたその日から 僕はずっと傍にいる。
君がいつかこの世界からいなくなるその日まで 僕はずっと傍にいる。
君が初めてこの世界に降り立って初めて君に出会ったその日に
僕はそう───決めたんだ・・・・・。